存在の羽音

気ままに。自分と向き合う場所。自分を見つける場所。チラシ裏の独白。

思いつくまま書き散らしてみれば……(創作)


 規則正しく並ぶ机。緑の黒板。向かう先生。蓄音機のように聞こえて来る言葉の羅列。穿たれる白い文字。寝ている者もあれば、真面目に取り組む者もいる。いつもの情景。窓から眺む木々の新緑も甚だしく、見慣れた情景。さんざめく校庭の競技者たち。じりじりと焼き付ける陽光の中で、運動に励んでいる。ある者は気怠げに、ある者は活発に。そんな中、僕は教室の片隅で、勉学に興じている。
 僕もまた、「ある者」の一人として、この場所にいる。何十億の人間がひしめきあう世界の片隅で、僕は生きている。ただ生きている。何もせず、漂う屍のように生きている。それでいて、なんにもする気もなく、流されている。太平洋を彷徨うブイのように、どこかへ流れ着くあてもなく、もやもやとした実感だけを伴って、陽光に焼かれている。生命の燃焼は、冷たく、生きているのかさえわからない。
 あったかいな、と思う。太陽の光が心地よい。初夏の日差しは冷たい僕に突き刺さる。みんなは暑いと言うけれど、僕には心地よく、温かい。生きている心地を抱かせてくれる。
 毎日、毎日繰り返される日常。飽き飽きした。どこか遠くの世界へ飛んでいきたい。そう思いながらも僕らは日常に絡めとられていく。時間が経てばお腹が空き、僕らは食事をとらねばならない。やがては眠くなり、布団を求める。けれど僕らは生命の狭間で夢を見る。僕らだけに許された夢を。哀しみの果て、幽玄のソナタ。生きてしまった僕らだけに許された、実存の宴。
 時は流れ、授業は過ぎた。朱く沈んだ教室の片隅で僕はうたた寝をする。夢を見るために。真っ赤な夕日は机の影を長く遠ざける。誰もいない教室で、僕はうたた寝をする。唯独り、この世界にあるものとして、何を望んで、何を退けるのか。誰も彼も答えてはくれない。自問自答、夢の狭間に歌う屍。
 夢の中では哀しみの行方を探った。希望の足あとを辿った。夢の果てはまだ見えない。どこまでも続いている。もやもやとして、視界は冴えず、平坦でないこの道は、進む足を重たくする。足がもつれて僕は転ぶ。ゴツゴツとした岩肌に身体が打ち付けられる。胸が痛い、吐き出す息は細々として、熱い。どこまでも哀しみが溢れてくる。堪えられない涙が、僕の心を燃やす。冷たい心が温まる。
 水の中から這い上がるように僕は夢から覚める。目じりは涙で濡れている。誰にも気づかれないように瞬く星々の隙間を縫って僕は帰路に着く。欲しかった未来は得られない。人びとは代替を求め誤魔化し生きている。誰もがスーパーマンになりたがった。誰もが平和と幸せを願った。けれど、人は臆病で卑怯者で、自己中だから、時に夢と夢はぶつかり合う。哀しみの行方はまだ知れない。
 

 昨年の冬。姉がいなくなった。気づくといなくなってしまった。病院の白さは潔癖の白なのかわからないけど、どこまでも白い世界でベッドに横たわる姉はよく映えていた。病的に白い肌に、切りそろえられた前髪、肩にかかる黒髪。健康的だった適度に筋肉がついた姉の身体はいつしか、細く骨骨しく感じられた。ボウと窓の外を姉は眺めていた。僕は、心にぽっかり空いた空洞を眺めるように姉を見ていた。それは視界に入っていただけのことで、意識には昇っていなかった。とても賢い姉だった。いつも僕をあやしてくれた。僕の往く道を教えてくれた。母よりも、僕は姉を慕った。母のことは嫌いではないけれど、苦手だった。僕ら姉弟は母の本当の子ではなかった。何をもって本当というのかはわからないけれど、親子になろうともしなかった。小学生5年生の時、実の母は病で倒れた。父は2年後に再婚した。その父も、1年後事故で消えた。僕は独りになってしまった。生活の面倒は見てもらっているから生きるのには困らない。でも、ただそれだけだった。