存在の羽音

気ままに。自分と向き合う場所。自分を見つける場所。チラシ裏の独白。

記憶は今ある自分から見た情景である。「思い出」はより主観的であり情念が込められているように思う。「記憶」はある程度距離を置いた客観が入り込む。それらは常に過去という時間軸を孕んでいる。これは主観的な時間感覚である。それらは追体験である。追…

意味のない意味の羅列

雪の白さに何思う。なぜ生きるのかに明確な解はない。わたしが問い極められるのは生がどのようであるか、ただそれだけである。なぜ生きるかは各人の納得に他ならない。そうあるように生きている。ただそれだけである。 誕生日というものがある。人は生まれた…

私的混沌

自分が何者かなんて、簡単に応えられるものではない。聖書もコーランも元は一つでも多くの解釈を呼び込み、現代まで膨大な数の概念の階層を構築しているだろう。聖書やコーランに及ばずとも自分という在り様、結果、事実はひとつにしてもそれを読み取るのは…

食べる

人は毎日何らかのものを食べて肉体を維持している。わざわざ肉体と精神とに分ける必要もないが、すなわち心もまた食べることによって成り立っている。毎日毎日、食べるということに対して、なんらの違和感もなく、時間が来れば、あるいはお腹が空けば人は食…

書く

「書く」という行為は自己の内奥への働きかけであると同時に、他者存在への志向を呼び込む。なぜならば「書く」という行為は自己において客観に位置するからである。感じたもの、思考に至る前の混沌の状態を直接的に表すことはできない。それは自己と他者と…