存在の羽音

気ままに。自分と向き合う場所。自分を見つける場所。チラシ裏の独白。

2017

 

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 

今年は一年忙しくなりそうです。

健康に気を付け、

適度に無理して生きようと思います。

 

ルネサンス期の万能人アルベルティは

『人間は自分で意欲することなら、何でもできる』

と記したそうです。

 

意志は道を創る。

自分の生命の使い方が定まっている人は強い力を生む。

 

私は自分の生命をどのように使いたいのか、何に生かせるのか。

まだわからない。自分に何ができるのか。

 

2030年に自分はどうしていたいのかをずっと考えている。

 

 

ご無沙汰

 

ご無沙汰しております。

 

さてさて

なんかあったような

なかったような

 

そんな空白期間。

 

 

私的な出來事といえば

今の会社を来年辞めることにしましたとさ。

特に不満もなく、ゆるゆると働かせてはもらっているのだが

もともと2年間という区切りを決めてこの土地に来たので…。

 

ぼちぼち、戻るかな、と。

 

あとはそうですね。

時期によっては本当にシンドイのですが、

あんまり普段働いていない…。

このまま20代をここで終えるわけにもいかんわけですよ。

都会の人間は必死に働いているわけですし。

私もそろそろここで休めたし、一旦あの都会の喧騒に塗れるとしますかなぁ…と。

 

社長にも会社としてはいて欲しいけれど、

若者は外に出て、また戻ってきたくなったら戻ってくればいい。

それまでに待遇あげられるようにこちらも頑張るよー、とのことでした。

 

 

 

いやー………

ここに居たら楽であるのはわかるんだけどね…。

だらだら生きるのもあんまり性に合わんのかね。

自分を時には追い込みたいと言いますか。

 

 

 

上司に、若い頃世界各地を巡っていた人がいて…

一時ガラパゴス諸島にもいたそうな。

なんでか聞いたら

「イグアナの泳ぐ姿を見たかったから」

 

……だそうで。

当時はインターネットもなく200万くらいはかかったよー笑

みたいに軽く言われました。

 

 

 

………ふむ。人間あれこれ悩んだりするけれど、

シンプルに生きることは大切だなぁ

と感じたのでした。

 

 

わたしはどんな景色がみたいのか。

わからんですねぇ。

 

 

深夜の目覚めは宇宙の闇のなかでの花火

 

時に好奇心とは恐ろしいものだ。
心の髄まで解してしまいたい獣が現れハラワタを食い荒らす。
欲望の発露であり容赦のない蹂躙である。
だから私はそれらを鎖にかけておかねばなりません。

 

他人と“本当に”関わるには

それ相応の覚悟が必要ということです。

 

 

さて、

普通の日記を書くとしますか。

私は普段哲学書とか少しばかり文学を買うことはあれど、

漫画を買うことはない。買ってもすぐ読み切ってしまうし、

それなら喫茶で読めばいいか、と思っているからだ。

そんな私が所有している漫画がある。

 

月子「最果てにサーカス」

 

という漫画。現在2巻まであります。

中原中也小林秀雄をモデルにした漫画です。

まず時代背景が大正というのがいいですね笑

 

詩の天才、中原中也

小林は中原の才能を否が応にも意識せざるを得ない。

葛藤を見せながらも悩み自分の道を模索する。

そして三角関係の模様……。

 

中原中也は汚れっちまった悲しみに、を中学の頃に暗誦させられていた記憶。

小林秀雄センター試験でよく出るから読まされた記憶。

 

これまではそれしかなかったけれど、

この漫画を読んで、二人の人となりに興味が湧きました。

 

「言葉とは、神だ。

僕たち文士はそれを代弁するだけの道化にすぎない。

そして文学は宇宙だよ。無限なんだよ。

永遠に掴めっこないんだ。」

 

来月の続刊を楽しみに待っています。

 

 

……なんにせよ。

 

 

 

私にはその人が亡くなると

頭の中が真っ白になって立ちつくような相手はいない。

 

だから泣きながら話す彼女の言葉を聞いて

理解はするけど共感することができない。

……本当は理解すらできていないのかもしれない。

 

彼女の言葉が自分の人間性に突き刺さる。
私はそんなにも冷たい人間なのかと、思わされる。

 

そんな思いを抱えて吐露したら言葉をもらった。

 

“貴方は「生きていれば死ぬ」「そういうもの」と

納得して受け入れているのよ、自然にね。

……でもそれを受け止められない、

受け止めたくない人も居るってだけよ”

 

“裏を返せば……貴方は後ろを振り向かなくても

前だけ見て歩いていけるってことよ?

でもその子は自分の人生でとても大事な人、

言わば自分の足場を無くしたようなものなのよ”

 

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青春の残響

感傷的な夜

 

 

夢の足跡

憧憬の残影

現在の私はそれに耐えうるだろうか

 

痛痛しい面影の中で

眩い残滓がほとばしる

 

時間が間延びするほどに

重低音のように根底に響いている

 

あの時の涙で濡れた街並みを今も憶えている

 

誰にだって若いときの可笑しさってあるものでしょう?

黒歴史だったり中二病なんて言葉で表現されるけれども。

それでもその記憶は愛おしいものなんだ。

語ってしまえば陳腐な出來事の羅列。

それでも、僕は僕なりに必死に生きたさ、もがいたさ。

ただこの手が届かなかった。

自分に甘かった。

子供だったんだ。

 

 

当人同士にとっては、

その一時が生の燃焼の瞬間であり永遠であり、

そこに生の総ての意味が凝縮されていたことだろう。

 

青春にしか訪れない自身の全存在、全感情、魂をもって、

その時を感じたのであれば……。

 

過ぎてしまえばそれは呪いとなり、

濃い墨となって残り続けるだろう。

一度染まれば逃れることはできない。

 

だからこそ全くの無垢は尊い。

 

『青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ。俗卑と凡雑と低吝との苟もこれに入り込むことを拒み、その想いを偉いならしめ、その夢を清からしめよ。夢見ることを止めた時、その青春は終わるのである。』―倉田 百三―

 

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起こった事実、互いに経験したことは同じでも、

それに対する感情や価値は変わる。

 

 

そうして私は現在を生きている。

ひとつ学んだことがあるとすれば、

自分を隠すことである。

ありのままでぶつかると

互いに際限なく傷つけあう。

 

でも人は

自分を根っから理解されたいという欲求を

捨て去ることができないものだ。

 

 

 

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……色々とまだ言葉が足らないのだけど、

夜更けも過ぎたので寝るとします。おやすみなさい。

 

夏の終わり

 

台風が過ぎ去ってから、風が秋めいてますね。

秋の風は哀愁漂う、寂寥を思わせる風です。

 

さてさて今日という日に私は何を思うのでしょうか。

同僚の送別会終わりというのもあって、

ずいぶんと酔い心地ではあるのですが。

 

今日は気晴らしに少し森を散策してきました。

森は未知なる体験をもたらします。

虫の声、鳥の声、目の前にある緑は

自分の知らない世界を連れてくる。

木漏れ日が心を洗う。

虫も鳥も

見慣れぬものには不安を抱く。

けれどそれは、自分が自然と調和していないからなんだ。

目の前にあるものをありのままに感じられるのなら、

それらは消えてなくなり、

残るのは歓びだけなんだ。

 

 

 

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